あしおと

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大の大人の男が、お人形さんを抱えて商店街を行く。すれ違う人の目には、とても奇特なものに映ったにちがいない。 大家は人のよさそうな初老の男で、加藤の事を覚えていた。 「ああ、加藤さん。どうです?住み心地は」 ええ、おかげさまでオバケが出ます、などという気の利いた事も言えず苦笑いを浮かべる加藤に代わって、僕は大家の前に進み出た。 「前に住んでた人が忘れていったっていうタンスの裏の収納から、コレが出てきたんですけど」 人形を見て、大家の表情が変わった。 僕ら5人は、応接室に通された。そして従業員にお茶を持って来させると、大家は語り始めた。 「その人形は、加藤さんの前にあの部屋に住んでいた方が作ったものです。その方は、ちょうど皆さんと同じ年くらいの若い娘さんで、高校を卒業後、長野のご実家から出てきて、横浜の銀行に勤めていました」 そして、大家一家とは家族ぐるみの付き合いで、よく自宅に呼んで一緒に食事などをしたという。 「銀行勤めの傍ら、休日には洋裁の学校に通っていました。その人形はその時に作ったもので、ウチの孫娘にまったく同じものをプレゼントしてくれました」 その娘が体調を崩し、勤め先を休職して療養のため長野の実家に帰った。それが1年ほど前の事だったという。
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