あしおと

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そして娘が実家に帰った後、大家の所に父親が訪ねてきた。 「娘はあの部屋を大変気に入っております。大家さんご一家にも、とても良くして頂いているそうでー。体調が戻り、勤めに復帰したら、またご厄介になりたいと申しております。それまで、部屋の物は今のままにして頂き、賃貸契約を続けさせて頂けないでしょうか。もちろん、その間の家賃はお支払い致します」 大家はこの申し出を快諾し、不在の間の家賃は結構だと言ったが、父親は固辞したという。 大家一家は、娘の帰りを心待ちにしていた。特に5才の孫娘は、また遊んでもらうんだと楽しみにしていたらしい。 しかし、それから半年ほどして、父親が再び訪ねてきたー。 「娘はこちらに戻る必要がなくなりましたので、部屋を解約しに参りました。部屋の物も、本日引き揚げて参ります」 翌日、大家が空き部屋を訪れると、あのタンスが残されていた。中身は空だったという。 大家はすぐに父親に電話をかけた。 「そうですか。あのタンス、娘の物でしたかー。あまりにもあそこにピッタリ収まっていたので、てっきり備え付けの物だと思いました。でも私共ではもう必要のない物ですので、大家さんの方で処分して頂けないでしょうか」 処分と言われても、捨てるに捨てられず、そのままにして、次の入居者に使ってもらう事にしたのだという。それが加藤だったのだ。
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