あしおと

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「俺、今度引っ越す事になったんだよね」 宴も中盤に差しかかった頃、加藤が言い出した。 彼の父親は自衛官で、加藤は家族と共に自衛隊の官舎で暮らしている。加藤は地元の工業高校を卒業後、鎌倉にある大手電機メーカーの工場にエンジニアとして就職し、自宅から通勤していた。 しかしこの年、父親は自衛隊を定年退官となり、加藤以外の家族を連れて、実家のある富山に帰る事になったという。 住む所がなくなる加藤は、会社の独身寮に入るつもりでいたのだが、この春、予定を上回る数の新入社員が入寮したために気の毒にもハジキ飛ばされ、急遽、自分で住居を探すハメになったのだ。 「で、家賃はいくらぐらいで考えてんの?」 高田が聞いた。 「うーん、2万くらいかな…」 「あるワケねーだろ!そんなトコ」 全員のツッコミが入る。 この男、よほどの安月給なのだろう。こうなるとエンジニアというのも、あやしいものである。あまりにも気の毒なので、僕は加藤に言った。 「まあ、とにかく住むトコが決まったら連絡よこせよ。引っ越し代もバカにならないから、俺らでやってやるよ」 「おお、そうだな。俺、軽トラ用意するわ」 こういう時、高田は頼りになる。 「おう、頼む。トシは結婚式の準備とかで忙しそうだからいいや。ケン、お前は来いよ」 「気が向いたらな」 タバコの煙をわざとトシの顔に吹きつけながら、ケンは答えた。彼女を連れてこなかった事、まだ根にもっているようである。 こうして加藤の引っ越しを手伝う事、トシの結婚式では友人代表の挨拶はケンがやる事、余興を4人で何かやる、という事を決めて、この夜はお開きとなった。
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