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お婆さんが乗降口に張ってある路線図を指差す。
「終点の駅に行ったことはある?」
「ありますけど、何にも無かった。真っ暗で」
苦い思い出はある。
先月だったか、早朝出勤の時、うっかり寝てしまって終点まで行っちまった。
電車のゴトンという衝撃で目が覚めたんだけど、何処にいるのか見当つかなくて慌てて外を見わたしたら、無機質なコンクリートの柱に終点駅の名が張り付けてあった。
コンクリート壁に囲まれた暗い駅だった。
勿論出社時間に間に合わず、お叱りを受けた。
忘れたい。
「江畑駅じゃなくて今乗ってる方の終点」
今乗ってる方。
路線図を見直すと、合歓木と書いてある。
「えっと。ガッカンキエキ?」
「ま、ふふっ」
何故か、さっき乗り込んできたお母さんまで噴いている。
なんか間違ったか?
「ごめんねえ、つい。あれはネムノキと読むの」
ネムノキ。あんな字書くんだ。
「どんな花か知ってる?」
「名前は聞くけど、見てるんだろうけど、分かりません」
教科書には、載ってなかったと思う。
本なんてそれくらいしか読まなかったから。
「夏の手前に咲くのよ。ネムが咲いたら梅雨明け、と言われたのよ、昔は。今はお天気が変だから当てにならないけど」
お婆さんが、懐かしげな顔をする。
「おじぎ草に似た花で、草ではなくて木。大きい木」
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