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思いきって顔を上げお婆さんの方を向く。
「いえ、今年から働いています」
「まだ若いのに」
「三月に高校卒業しました」
お婆さんは自分が思うほど年寄りではないのかも。
綺麗に化粧してて髪こそ白いけどつやつやしてるし。
手もシミもなく皺くちゃじゃない。背筋もピンとしてるし。
「そう。18才ね。まだまだこれからねえ」
上品に笑う目元には笑いじわっていうんだろうか。人柄が出るような笑顔だ。
「家は遠いの?」
「南郷、あ、こないだから朝の連続ドラマの舞台になってるところです」
「あら、県外なの。偉いわねえ」
完全に子供扱いだ。でも嫌じゃない。というか、こっちに来てから仕事場と買い物以外で他人と話すの、初めてじゃないだろうか。
「どこに住んでるの?」
「えっと。会社の寮です。この先の遠山駅降りたところ」
「そうなの。私は上塚町なんだけどね、今日は孫夫婦の顔を見に久しぶりにこの線に乗ったのよねえ、あの子達、坂下駅の近くに住んでるのよ」
坂下駅。
僕が降りる駅の一つ前。
彼女の膝に置かれたハンドバックの下に、隠れるように白い紙袋が見える。
「あ、それ」
「ここのホテルクッキーが大好きなのよ、孫夫婦」
何となく誇らしい。僕が作ったわけじゃないのに。
ホテルには宴会料理専門の厨房や仕込み専門、ルームサービス配膳室やベーカリーの厨房がお客様からは見えないところにいくつもある。
徹底した衛生管理でホテルスタッフですら中々入れない。
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