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その代わり腰から上はガラス張りだ。
厨房の外は搬入通路の他に従業員通路も兼ねているから、僕は毎日室内のシェフやパティシエ達に頭を下げながらそこを通る。
何回も何十回も、何百と。
『あいつらが見てるかどうかは関係ない。慣習だ』と黒服は一番最初の出勤日に、案内がてら教えてくれた。
無言で、真剣に粉と格闘しているパティシエ。でっかいオーブンも初めて見た。大柄な男達がホールケーキにクリームを絞っていく。繊細なデコレーションケーキが静か過ぎる空間で次々に生まれていく。
『大好き』
くすぐったい。彼らが、客の前に出ることのない彼らの作り上げたものがホテルメイドクッキーとしてこうやって買われて、評価を貰っている。
「僕、そのホテルで働いてるんです。お買い上げありがとうございます」
いつもは中々出ないお礼の言葉がすんなり言えた。
「まあ。そうなの」
お婆さんが本気で驚いてる。
「貴方も職人さん?」
「職………僕はウェイターなんです、最上階レストランの」
「まあ、ホテルの顔ね」
顔。そういえば言われた気がする。配属先を寮母さんに伝えた時。
『メインダイニングなんだから必ず出勤前に入浴して身繕いする。寮に戻ったらシャツはすぐにクリーニング。うちのホテルの顔潰したらタコ殴りするわよ』
あの時はうるさいなあ、としか思わなかったけど。
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