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それはいつかにあったものと、そうでないもの。 思い出のかけら。 夢と現の狭間。 そう、思い出。 もう何度、記憶の片隅に追いやったか分からない。 それでも浮かんでくるのは、最後のこと。 鳥も、 木も、 人も。 なにもかもが消えた。 あの懐かしい思い出も、 夫も、 私も。 荒涼とした大地は、海が波打つ音だけが響いている。 焼野原。 私の大切な思い出も、何もかもが消え失せた。 それでも、空はこんなにも晴れ晴れとして。 青くて。 あの、灰と黒の入り混じる雲が空を覆った日。 それが、世界から私たちを切り離した。 人々の諍いが。 人々の傲慢が。 相容れぬ、信じるものの先が。 私たちをこの世から消し去って。 それでも、海はこんなにも青くて。 こんなにも澄み渡って。 太い幹もころころした葉も、虫の声も。 音も色も跡形もなくなった。 なくなったのだと。 ――地表に、ひとつの緑が見える。 何もかもなくなったはずのこの土地に、また一つの命が。 この土地にはきっとまだ訪れることはない、遠く離れた息子夫婦を想う。 あなた達が生き残れたこの世界。 世界は、まだ生きている。 悲しみも苦しみも、 孤独も不安も。 残された人のものだから。 私はこちらで祈りましょう。 喜びと温もりと、 寄り添い、笑い合う幸福を。 素晴らしい世界を。 潮騒のうたう、この場所から。
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