1 おだやかに事件の幕は上がる

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 半個室みたいになっている、ブースのテーブル席で、熱心にメニュー表を読み込んでいる俺の正面には、妙に機嫌のいい茜さんがニコニコしながら座っている。  「いやあ、メールでのやりとりはあったとはいえ、こうして実際に君に会うのは、あの九月の事件以来だね。  元気そうでよかった、本当に会えてうれしいよ」  「茜さんもお元気そうですね」  熟考に熟考をかさねた結果、俺はフライドポテトとサラダ付きの肉厚チーズバーガーと、レモンスカッシュを注文した。  そうして食べ物を待つだけとなってから、やっと俺の心に、茜さんと会話をする余裕ができた。  約二ヶ月ぶりに会う茜さんは、ちっとも変わっていなそうだった。  背が高いわりには、ほっそりとしていて(そういえば犬彦さんは、茜さんのことを、ひょろガキとかって呼んでたっけ)ラフなグレーのシャツに、すこしくたびれた濃いグリーンのライダースジャケットをはおり、ネイビーのジーンズにブーツを履いている今日の格好からしても、あいかわらずどこかのインディーズ系ギタリストみたいな見た目のひとだった。  この人はこの人で、妙にこのおしゃれカフェの雰囲気に馴染んでいた。  見た目だけなら、アーティスティックなところがあるからだろうか。  雑談めいた挨拶をかわしていると、まず俺の注文したサラダとレモンスカッシュ、それから茜さんのアイスコーヒーがテーブルに運ばれてきた。  サニーレタスとトマト、クルトンののったサラダには、オレンジ色のドレッシングがかかっている、キャロットソースだろうか。  まずは、ほっそりとしたグラスのふちにスライスレモンが飾られた、レモンスカッシュを飲んでみることにする。  うっすらとしたゴールドの液体から、こまかい泡が上品に浮かんでいる。  ストローを口に運んで、レモンスカッシュを飲んでみると、きりっとさわやかなレモンの味が、口いっぱいに広がった。  おいしい! これはフードメニューのほうも期待できそうだぞ!  やっぱり、このカフェに来てみてよかった。  茜さんもまた、自分のアイスコーヒーを飲んでいた。  それからふと、思いついたみたいに茜さんは、こんなことをつぶやいた。  「ああそうそう、そういえば江蓮君、言っとかなくちゃと思ってたことがあるんだけどさ」  
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