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だけどな、見方を変えると別の人間にとっては、庭を守っていたお前こそが、悪である場合もあるんだ。
その人間には、大切なひとがいた。
世界中のだれよりも、なによりも、大切なひとが。
しかし、その大切なひとは、重い病にかかっていた。
どんどん弱々しく、やせ衰えていく、そのひとを、どんなことをしてでも救ってやりたいと、その男は思った。
そして必死にその病について調べた結果、特効薬がひとつだけ、この世に存在していることを知った。
ある薬草を煎じて飲ませれば、彼女の病は治るかもしれないと。
しかしその薬草は、もうこの世界から絶滅してしまっていた。
そう、お前の大切な庭で栽培されている、あの花を除いては。
だから男は、お前の庭から花を盗むことにした。
他人の庭に不法侵入し、他人の大切にしていた花を強奪する。
そうして男がその花を奪った結果、貴重な花は絶滅してしまった。
男の行為は、決してほめられたものではないだろう。
他に方法はなかったのか?
花の持ち主であるお前に、わけてもらえるように頼めばよかったのに。
お前だって事情を知れば、無下に断ったりなどしなかっただろう。
頼まれたとき、きっとお前は、花の種が実り、その数が増えれば必ず分けようと、そう言ってやったはずだ。
それでも男はそれを選ばなかった。
もう少し待つことができたなら、盗人のような真似などする必要もなく、円満に薬草を手に入れることができた。
薬草を絶滅させることもなかった。
時間さえ待てば、これから根気よく栽培していくことによって、その花をもっと増やすことができたかもしれないし、彼女と同じ病にかかっている多くの人が救われただろう。
だが男は、自分の大切なひとを優先して、他の人々の大切なものを永久に奪った。
それは悪だ。
そんなこと、男にもわかっていた。
それでもだ。
こうすることこそが、男にとっての正義だったからだ。
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