プロローグ

2/4
283人が本棚に入れています
本棚に追加
/1335ページ
   だけどな、見方を変えると別の人間にとっては、庭を守っていたお前こそが、悪である場合もあるんだ。  その人間には、大切なひとがいた。  世界中のだれよりも、なによりも、大切なひとが。  しかし、その大切なひとは、重い病にかかっていた。  どんどん弱々しく、やせ衰えていく、そのひとを、どんなことをしてでも救ってやりたいと、その男は思った。  そして必死にその病について調べた結果、特効薬がひとつだけ、この世に存在していることを知った。  ある薬草を煎じて飲ませれば、彼女の病は治るかもしれないと。  しかしその薬草は、もうこの世界から絶滅してしまっていた。  そう、お前の大切な庭で栽培されている、あの花を除いては。  だから男は、お前の庭から花を盗むことにした。  他人の庭に不法侵入し、他人の大切にしていた花を強奪する。  そうして男がその花を奪った結果、貴重な花は絶滅してしまった。  男の行為は、決してほめられたものではないだろう。  他に方法はなかったのか?  花の持ち主であるお前に、わけてもらえるように頼めばよかったのに。  お前だって事情を知れば、無下に断ったりなどしなかっただろう。  頼まれたとき、きっとお前は、花の種が実り、その数が増えれば必ず分けようと、そう言ってやったはずだ。    それでも男はそれを選ばなかった。  もう少し待つことができたなら、盗人のような真似などする必要もなく、円満に薬草を手に入れることができた。  薬草を絶滅させることもなかった。  時間さえ待てば、これから根気よく栽培していくことによって、その花をもっと増やすことができたかもしれないし、彼女と同じ病にかかっている多くの人が救われただろう。  だが男は、自分の大切なひとを優先して、他の人々の大切なものを永久に奪った。  それは悪だ。  そんなこと、男にもわかっていた。  それでもだ。  こうすることこそが、男にとっての正義だったからだ。    
/1335ページ

最初のコメントを投稿しよう!