プロローグ

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   他人から物を奪うことは、悪だ。  自分を優先して、他人を顧みない行為は、悪だ。  道徳に反している。  悪行を犯してはならない。  …そんな世間的な正しさを言い訳にして、今、自分の目の前で苦しんでいる彼女を、痛みに喘ぎ、胸をかきむしって涙を流す彼女を、自分に救いを求めることしかできないその姿から、一瞬でも目を逸らそうとする行為こそが、男にとって最大の悪だった。  時間など待つことなんてできない。  庭の管理者であるお前に、事情を説明して、それで確実に薬草が手に入る保証なんてない。  むしろ、花を欲している人間がいることを知られてしまったら、警戒されて、庭を守るフェンスはさらに高くされ、もうそこへ忍び込んで盗みだすチャンスさえ失くしてしまうかもしれない。  自分にしか出来ない正義を貫くためには、今この瞬間に、実行しなければいけない。  たとえ他人を傷つけ、悪人と蔑まれることがあったとしても。  これが、立場の相違からくる、悪というものだ。  大切な花を、突然奪われたお前からしたら、間違いなく、その男の行為は悪だ。  しかし、そんな男からすれば、高いフェンスで庭を囲って、貴重な薬草をひとりじめしていた、お前の方こそが悪なんだ。  さて、こういうタイプの悪に遭遇した場合、どうすればいいか?  これはもう、しょうがないことだ。  江蓮、これから生きていく上で、お前はこういったタイプの悪に遭遇することがあるだろう。  お前はそんな悪党によって、嫌な思いをさせられる。  または、そういった予期せぬ状況下で、お前は否応なく、悪とみなされる。  そんなときはだな、あきらめて、もう無視するしかない。  そういうもんだと腹をくくって、なるべく関わらないようにする。  ときには相手と話し合うことで、解決の糸口がみつかることもあるが、大変な労力と時間が必要になるだろう。  止めたほうがいい。  これが、一つめの、わりとよくある悪だな。  
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