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1 おだやかに事件の幕は上がる
「さあさ、江蓮君!
遠慮なんかせずに、なーんでも君の好きなものを頼んでくれていいよ!
オレ、バイト代が入ったばっかで財布がうるおってるからさぁ」
大げさに両手をひろげて、楽しげな歌を口にするミュージカル俳優のような明るさでそう言うと、ひさしぶりに会った茜さんは、俺にメニュー表を差しだした。
「はい、わかりました」
それを受け取ると、俺はメニュー表をじっと注視した。
フライドポテトつきダブルチーズハンバーガー、ホワイトソースにチーズたっぷりのチキングラタン、耳がカリッカリのでっかいマルゲリータピザ…どれもおいしそうだ、何を選ぼう…。
まるで人類滅亡の予言書でも読み込んでいるときのような深刻さで、俺は真剣にそれを見た。
いま俺は、絶望的に腹ぺこだった。
今朝は、犬彦さんが朝食をとらずに会社にいってしまったので、それなら俺もと、このときのために何も食べずにこの場にやってきたからだ。
この俺が! 朝食を抜いてきたのだ!!
たまに寝坊して学校を遅刻しそうになり、家で朝飯を食いっぱぐれても、よくあるアニメの一場面みたいに、走りながらでもパンやおにぎりを食べることを忘れない、この俺が!
ぜったいに、この店でいちばん美味しいものを食べなければ、気がすまない!
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