1 おだやかに事件の幕は上がる

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 十一月はじめの、天気のいい日曜日。  俺はいま、超おしゃれなカリフォルニア風カフェにいる。  俺の住んでいる街の最寄り駅近くにあるそのカフェは、ちょっとした裏路地を入ったところにあって、近道のために俺はその店の前を通ることがよくあった。  ファッション雑誌でモデルの背景に使われそうな、おしゃれな外観。  外からちらりと見える、店員さんや店内でくつろいでいる人たちもまた、おしゃれだった。  騒いだり、だらしない態度をとっている人なんて、だれもいない。  スタバ並にハイスペックな空気がそこには漂っていた。  そんな店の様子を、俺はその道を通るたびに、何食わない顔をしてチラチラと観察していた。  近隣に新しい飲食店ができたなら、それをチェックすることは、俺にとって当然の使命だ。  気になることはもちろん、この店がどんなフードメニューを取り扱っているか、である。  それが何よりも重要なことだ。    しかしそのカフェはあまりにも、ピカピカなおしゃれオーラを放ちすぎていて、バカみたいだと自分でも思うけど、なんだかひるんでしまって、ではさっそく入店! という流れにはなかなかならなかった。  だから通りすがりざまに、店頭に表示されているメニュー表をガン見する。  それが俺にできる、おしゃれオーラに対抗することが可能な、唯一の情報収集法だった。    おしゃれなブラックボードに書かれているそれは、すべて英語表記になっていて、やはり歩きながらではじっくり読むことは難しい。  けれど、メニューボードには食べ物のイラストがかっこよく描かれていて、それでだいたいのフードメニューに検討をつけることができた。  とろとろのチーズがしたたり落ちている肉厚のチーズバーガー、野菜たっぷりのベーコンサンドイッチ、かりかりのフライドポテトがそえられたリブステーキ…そんなイラストたちが、俺を手招きしているように、とても魅力的に描かれていた。  お、おいしそう…。  ごくりと唾を飲みこみながらも、犬彦さんのような無表情さを意識して、なんでもない顔をしながらその店の前を通りすぎることが、これまでに何度もあった。  
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