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何はともあれ、こうして今年最後の茜さんとの対話を終えて、俺は夕暮れの空の下を、うちを目指して歩いていく。
年末の街中は、新年へと移行していこうとする華やかな雰囲気とディスプレイに満ちていて、そんな賑わいのなかを一人で歩いていると、むしろ過ぎ去っていく今年の、終焉の気配の方を俺はひしひしと感じてしまって、なんとなく寂しい気持ちになる。
犬彦さんが、うちを留守にしていることは知っていた。
栄治郎さんの家に行ってくるって、お昼に話していたから。
(犬彦さんは、めっちゃいい顔で「江蓮、美味いものをたくさん持って帰ってくるからな」との力強い言葉を俺に残し、栄治郎さんの家へ、高級お歳暮を強奪しに行ったのだった…)
暗いうちの中に入ると、俺は廊下の電気をつけ、まずは自分の部屋に戻った。
暖房をつけるとコートを脱ぎ、そして…クローゼットを開けた。
クローゼットの中の、上方につけられている棚。
その棚の端には、額縁に入れられた一枚の絵が置かれている。
一人で新宿の世界堂に行って、悩みに悩み抜いて、そして奮発して買った立派な額縁の中から、そのくりっとした可愛い瞳で、猫彦さんは俺をみつめている。
見るたび、手をのばせば、柔らかな猫彦さんの背中に、触れることが出来る気がした。
まずやさしく背中をなでて、そのあとに、俺は猫彦さんを抱き上げる。
すると猫彦さんは、甘えるような声で「にゃおーん」と鳴いて、俺の顔にすりすりしてくれる。
そうやって猫彦さんを抱っこしていると、後ろから声がする。
「おまえって、マジで猫が好きなんだな」…あきれたような、からかうような、懐かしい声が…。
本当は、この絵を、自分の部屋のなかでも一番目立つ場所に飾るつもりだった。
いつでも猫彦さんに会えるように。
この絵を貰ったときの喜びを、いつでも思い出せるように。
…でも、もう無理だった。
この絵を見て思い出すことは、今となってはもう、寂しさ、悲しみ、悔しさだった。
でもこの絵を手放すなんてことは、俺には絶対にできない。
だからこんな場所に…クローゼットのなかに、俺は猫彦さんの絵をしまいこんでしまった。
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