10月11日水曜日

5/8
前へ
/1335ページ
次へ
 確かに、犬彦が率いる営業部は優秀だった。  成績は右肩上がりだし、予算を落としたこともない、自分のチームは全員が頑張ってくれている、スキルもモチベーションも高い、ここまで優れたチームは余所にもないだろう。  その自負は、犬彦自身も持っている。  「だからね、本店でも期待されている彼のことを、ぜひとも優秀なチームを抱える赤間くんの下で鍛えてやって欲しいって、そういう意向なんだよね…」  「しかし、優秀だとは言っても、規模というものが違います」  手元にある、彼の経歴書を眺めながら、眉間にシワを寄せつつ犬彦は言い返した。  それはまさに、黄金に輝くようなキラキラの経歴書だ。  一流大学を卒業し、上場企業である本店の花形部署に配属されている…そんなエリートコースまっしぐらな彼のキラキラ経歴書が、この話の胡散臭さを犬彦に告げる。  本店からのエリートが、うちの会社に出向してくる…この歪さを例えるならば、こういうことだ。  犬彦を、野球チームの監督であると例えてみよう。  犬彦監督の率いる野球チームのメンバーは優秀ぞろいで、常に連勝を重ね、負けなしで有名だった、そんなとき、ぜひ自分もこの素晴らしい野球チームに入れてくださいと、ひとりの選手が現れる。  その選手とは、アメリカのメジャーリーグから飛行機に乗ってやってきた、次期のエース候補だった…そんな感じだ。  どんなに犬彦監督のチームが優秀だったとしても、そんな有名どころから選手が移動してくるなんていうのは、おかしな話なのだ。  だって、犬彦たちがやっているのは、草野球だったのだから…。  似たようなことをやっていても、規模も、その意味合いも、まったく違う。  犬彦がジッとこちらをみつめたまま、まったく引かない様子を見た専務は、困ったようにため息を吐くと、ぽつりとこう漏らした。  「…だってしょうがないじゃないか、赤間くんは、有名人なんだから…」  
/1335ページ

最初のコメントを投稿しよう!

283人が本棚に入れています
本棚に追加