10月11日水曜日

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   「部長は、有名人だから、しょうがない…ですか!?」  実は前に、専務とこんなやりとりがあったんだという話を犬彦がすると、三人は、食い入るようにそう叫んで、犬彦をみつめた。  「ああ、それ以上はどんなにこちらから押しても、専務は何も言わなくなった。  …あの態度からして、専務は何かを知ってはいるが、それ以上は理由があって俺に話すことが出来ないようだった。  途中から専務が泣きそうな顔になったので、結局は何も分からないまま撤退するしかなかったんだが…」  三人は考え込むように、それぞれが別の方向を見ながら、難しい顔をしている。  「だがそれにしても、俺が有名人だからとは、どういう意味だろうか?  俺はこれといって、目立たない人間だと思うが」  「はあっ? なに言ってんですか、部長!」  解せぬという顔で犬彦がつぶやくと、それまで黙っていた三人が一気にしゃべりだす。  「部長、ご自分のこと地味キャラだと思っているんですか? ないないない!」  「新規の顧客にも、おたくの部長さん噂通りだね、って言われること、よくありますしね」  「むしろ専務の、部長は有名人って言葉には、今回の件で納得できる部分がありますね」  「きみたち…俺のことを一体なんだと…」  ひそひそと小声ながら、犬彦たち四人が、経理部の給湯室でキャッキャと盛り上がっていると、外から「ゴホン!」という大きな咳払いが聞こえてきたので、そこでピタリと会話が止まる。  それは合図だった。  犬彦が贈ったキルフェボンで買収された経理部女性社員の、そろそろこの部屋に他の社員が戻ってくる時間だという、メッセージだ。  そこで彼らは一度口を閉ざし、外の様子をうかがう草食動物のような慎重さをもって、耳を澄ませる。  大丈夫そうだ、まだみつかっていない、誰にも、…そして彼にも。  「どうやらここまでのようだ、一度解散しよう。  言うまでもないだろうが、今の話はここだけにして欲しい。  これまで通り、彼には自然なふるまいで接するように心がけてくれ、よろしく頼む。  では、五分おきに、一人ずつがここを出ていく。  まずは永多くん、次に五月女くん、そして沖くん、最後に俺が出る」  
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