1 おだやかに事件の幕は上がる

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 そんなわけで、俺は犬彦さんに、あのカフェについてきてもらおうと、誘いかけたことがある。  ある日、うちで犬彦さんとくつろいでいるとき、いまがチャンスだと悟った俺は、ふと何でもないことを思い出したようなふりをして、こんなふうに切りだした。  「あのー犬彦さん、駅前に新しくお店ができたの、知ってます?」  「店? 何の食いもの屋だ」  さすがと言うべきか、犬彦さんは、俺が食べ物の話をしようとしていることを、一発で見抜いた。  「えーっと、俺もくわしくは知らないんですけど、見たかんじですね、サンドイッチとかハンバーガーとか、ステーキとかもあるみたいで…」  「ああ、あれか」  「! あの店、知っているんですか、犬彦さん!」  「ああ見たぞ、駅に行く途中でオープン記念のチラシを配っていたな。  あそこに行きたいのか江蓮、それなら連れてってやろう」  「やった! ありがとうございますっ」  「さっそく今夜の予約を取っておこう、連絡先調べないとな」  「え? 予約??」  「駅前のビルにできた、多国籍レストランのことを言っているんだろう?  俺も久しぶりに美味いワインが飲みたい」  「!!!」  犬彦さんは、俺が行きたがっている店を、同じく駅の周辺に最近できた、高級レストランだと勘違いしていた。  それは、おしゃれカフェ以上に(金額的な面から言っても)高校生には敷居が高すぎて、俺がチェックすらしていなかった店だった。  「あ……」  犬彦さん、ちがうんです。  俺がいっしょに行ってほしいって、お願いしようとしていたのは、カリフォルニア風カフェで…。  と、いう言葉は、唾とともにゴクンと胃袋へ飲み込まれていた。    「行きましょう! 犬彦さん!」  …ええ、ほんともう、その夜のディナーは最高でしたよ。    
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