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「勘弁しろよ――」
眼前に迫り来るは炎の壁、自分の背丈の倍はありそうな燃え盛る火炎だ。
まるで、炎でできた特大の津波が押し寄せてくるかのようだった。
防衛本能に後押しされるよう、俺は自身に可能な最大の防御体勢を取る。というか実質、自分にはこれしかないわけで、勿体ぶっているでもないのだ。
炎が身体に到達する間際、膨れあがるように何かが自分の外部を覆っていった感触がある。それが押し寄せる熱波から我が身を守る盾となった。
一体どれほどの火力なのか想像にも及ばないが、生身でその炎を受ければ消し炭となっていたのだけは明白だ。
「おー! でたよアストロン!」
「まじで芸がないよなぁ。まっ、玄田はあれしかできねぇもんな」
「ていうか、いつ見ても埴輪なんだけど。ほんとウケル」
外野が笑い事みたく、好き勝手言ってやがるのが微かに聞こえる。
じゃあ、お前らなら今の一撃に耐えられたのかよ――と、啖呵でも切ってやりたいが、今は口を動かす事すら侭ならない。いや、ぶっちゃけこの状態じゃあ呼吸すら危うい。
今の俺を見て、外野の誰かが埴輪だとか称したのはある意味でとても的確だ。この時の俺は土の塊に包まれた、まさに埴輪というか土偶というか、そういう形態だったのだから。
だがその土塊があの途轍もない灼熱地獄から自身を守ってくれた。
決して馬鹿にされる謂れはない筈。――見た目が間抜け過ぎるのは認めるが。
焼け焦げた表面の土質が、ぼろぼろと脆くなって崩れ去る。同時に俺は顔周りのそれらを力任せに剥ぎ、数秒ぶりの空気を吸い込んだ。
残り香のように、灼熱で膨脹した空気は肺が焼け付くぐらいに熱い。本当に大した火力だよ、まったく。
目の前には、熱波のせいで大気が歪み、陽炎のように揺らめく人影。次第と炎熱の大気は退いていき、その姿が明らかとなる。
俺は相手に向かって、内心の冷や汗を悟られまいと声高に叫んでやった。
「殺す気かよ!? さすがに人死にはまずいんじゃないっすかねえ!」
相手が苦々しく舌打ちをする。
いやいや、本気で殺しに来てたのかよ。どこの誰から俺の暗殺依頼でも受けてんだっつー話だ。
その陽炎の向こうから姿を現したのは、美人過ぎて癪とも思える我らがクラスのマドンナ兼不良番長様である。
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