波女史

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また夏が来ました。 日差しは燦々と、何もかも輝いて、白い砂浜と、そしてどこまでも青い海。ここから見える海に、昨今の環境問題なんかは無関係なようです。都会の喧騒や人間模様、俗世間と静かに線を引いていて、交わらず、まるでここら全てがあなたのよう。あなたが死んで二度目の夏。私を置いて、いや、そういうものでもなかったかしら。私はあなたのものでした?そうありたかったけれど、どうも自信がありません。 そう、好きでしたのよ。あなたの事。あなたの描く絵が、とてもとても好きでしたの。細々と展覧会なんかされていて、あなたのお仲間と持ち寄って、ビルの小さな一室に飾られた花瓶の絵。私、あの頃から好きでした。あなたのお仲間はよくそこへ現れて、お客の様子を見ておりましたけど、あなたは一度も現れませんでしたね。 あの辺り、よくお買い物に出掛けていましたから、いえ、はっきり言いましょうか。私、あなたに会いたかったのです。あの線が尖った、叫び声みたいな花瓶の絵を一目みて、あなたに会いたくなりました。だから、足しげく通ってみたのです。 「その絵が気になるのかい」 確か、結城さんという方でした。白シャツにジーンズの、がっしりしたお方。毎日見にきていたから、覚えられてしまったのでしょう。急に話しかけられて、私は少しびくっとしましたが、その人に向かって頷きました。 「渚の奴、臆病でね。自分で描いたくせに怖い怖いと言いやがるんだ。悪い絵じゃないと思うんだが」 「知り合いの方ですか?」 「おうよ。俺があいつを誘ったんだ」 結城さんは、腕組みしながら私の横に並びました。 あなたの名前は月島渚。花瓶の横に、筆文字で作者名が書かれていました。だから、結城さんが「渚」と呼んできた事ではっと気づきましたの。この方は、絵はおやりにならないのですが、あなたととても親しくて、この時の展覧会を企画した団体の方々へ、あなたを紹介したそうですね。
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