波女史

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「いやいや、これだよ」 編集長さまはハンカチで額を一拭き、そしてお猪口を傾ける仕草をしました。 「うちとも交流ある若手の、作家だの画家だのを招いてもてなすんだがね。ほら、女の子がいた方が向こうも喜ぶだろう」 どうやら、職場の若い女性へ片っ端から声をかけていたみたいです。編集長さまのお誘いでしたので、私は二つ返事で了承しました。 そうして、会社から少し離れた和食の、お鍋が美味しい料亭へ、編集長さまの車でぎゅうぎゅうに詰めながら向かいました。既についている方もおられて、時間になり、始めましょうかとお鍋を開けました。座布団が二つ空いていました。その空いている座布団に座って、お酌すると、その若い男の方が向かいの、やはり若い男の方と何やら話しておりました。 「やっぱりあいつらは遅刻かい」 「しょうがねぇな。北堀圭一と月島渚」 私は、ぎょっとしました。調べれば分かった話なのですが。 「おや、別嬪さん」 向かいの男の人が、そう褒めてくれましたけども、私はそれどころではなく、済まして席を立ち、そして編集長さまの隣へ座りました。 「二人ほど、見えておられないようですが」 「そのようだね」 編集長さまは、もう顔を赤くしておられました。 「あの二人はそういうものだ。互いに仲が良くってね。北堀はともかく、月島の方は、私もなかなかすごいやつだと思っている」 絵については、私も編集長さまも無学だと思いますけれど、しかし私は好きな編集長さまがあなたをお褒めになられたこと、とても嬉しく思いました。 あなたが来る。急に訪れた転機。胸をときめかせながら、しかしそれを押さえ込んで、若く情熱に溢れた男の方々をいんぎんに相手して待ちました。夢や情熱に溢れた男の人の顔は、美醜関係なく魅力的ですけれど、太陽の前に月が霞むように、私はあなたに会えることの方が大事で、どの男性の横顔も、まだ見たことのないあなたのお顔の前に霞んでしまいました。 意図して、空の座布団の周りをうろつき、しかし不自然には思われぬよう振舞っていたら、男の方が一人、宴会席の入り口の方を指差して、大声で言いました。
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