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「来た、来たぞ。芸術界の期待の新星」
私ははっとして、入り口の方を見ました。見ると精悍そうな顔つきの、背の高い男の人が、黒髪で、少し丸みを帯びたあなたの身体に、そっと肩を差し入れながら立っておりました。
「悪い。既に出来上がっててさ」
北堀さんがそう言うと、宴席がどっと沸きました。
「またかよ。やめてやれよ北堀。月島の奴、弱いんだから」
「いいや、こいつは強いんだ。九州の出だぜ。強んだけれども、他人より分量を重ねるからこうなる」
誰かの野次に、北堀さんは澄まし顔で答えました。私がさりげなく空いている座布団の(その座布団はテーブルの端に、縦に二つ並んでおりました)傍に座っていると、案の定北堀さんがやってきて
「やあ、済まないね」
と、私に微笑んでくださいました。
私は北堀さんに挨拶して、悟られぬようあなたの横顔を覗きました。あなたは起きていましたけど、目が座っていて、ぼんやりテーブルのお皿など眺めてお出ででした。
「気にしなくていいんだ。いつもの事だから」
ちょっと見すぎたみたいです。北堀さんが、私にそう声をかけてきました。
「いつも、このように?」
「ああ、昼間はしゃんとしているんだがね」
何となく北堀さんからは、女の人の匂いがしていました。
「いいんだ、俺とこいつの仲だから。でも、こう言う日にはちょっと加減して貰いたいよね。せっかくもてなしてくれるのに、先に安酒で酔っ払うなんて損だ」
あなたの横顔と、私の顔の間に、北堀さんの顔。
「お水貰ってきます」
私は北堀さんに頭を下げ、廊下の方へ出ました。酔っ払ったなら、お水だ。ついでに北堀さんとの会話も切り上げられて、我ながら上策だったと思いました。店の人は宴会席にいなくて、私はお水を取りに厨房まで伺いました。コップ一つと水差し一つ。上機嫌で廊下を歩いておりましたら、予想外にもあなたが厠へ立っていて、そうして帰る途中だったではありませんか。
「大丈夫ですか?」
私は、意を決して話しかけました。あなたは、少し驚かれましたが、私に笑みを返してくださいました。
「大丈夫です」
その少し不自然な、精一杯の笑い方。
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