2人が本棚に入れています
本棚に追加
私、あなた以外に、そんな顔をする人を見たことがありません。笑みを浮かべたあなたの顔は、まるで仔犬のようでした。
「酔っているようでしたので、お水を」
私はそう言って、水差しを少し持ち上げました。
「いただきます」
酔っているのかしら。顔は赤いけれど、しかしあなたは確かにしゃんとしていたような気がします。
部屋へ戻ると、他の方は出来上がっていて、あちこちから下卑た声、叫び声が聞こえておりました。北堀さんもどこかへ行かれた様子で、テーブルの隅に座布団がまた二つ、私達を待ち構えていたように並んでおりました。あなたは、私に片方をすすめて、そうして私からコップを一つ受け取ると、
「水のお酌もよく回る」
と、おどけた声で言いました。水差しと、コップ。私から水のお酌。
「お強いと聞きましたけれど」
「まぁ、強いんだろうね」
あなたは、水を一息に飲まれてしまいました。
「お好きなのですか?」
「好きです。何というか、お酒を飲むと落ち着くのです」
周りの方はそれぞれに夢中で、私達二人の事など、気にも留めない様子でした。
「お姉さんも、飲まれますか」
「嫌いではないですけど」
「いい事です」
あなたは、そう言ってうんうん頷きました。
「彼女様が、心配されたりしませんか?」
これは、思い切った質問でした。幻滅したなどではないのです。あなたの姿を現実に見て、そして、むしろもっと、あなたに対して情がわいたんです。
「いないよ」
あなたの隣で、酔いつぶれた人が寝ていました。
「もてないんです。こんな変人だから、女の人も離れるんだ」
「あら、綺麗なお顔をされてますのに」
「顔だけね。騙し続けるのは難しい」
「私じゃ駄目?」
思い切った、質問。
でも私は、これがちっとも不自然だと思いませんでした。会ったのは今日が初めてですけれど、あなたの事は、だいぶ前から知っていたのですから。
あなたは、一度はっとして私の顔を見、その後例のあなた特有の笑みを浮かべて、
「男というのはね」
と、口を開かれました。
最初のコメントを投稿しよう!