波女史

7/10
前へ
/10ページ
次へ
私、あなた以外に、そんな顔をする人を見たことがありません。笑みを浮かべたあなたの顔は、まるで仔犬のようでした。 「酔っているようでしたので、お水を」 私はそう言って、水差しを少し持ち上げました。 「いただきます」 酔っているのかしら。顔は赤いけれど、しかしあなたは確かにしゃんとしていたような気がします。 部屋へ戻ると、他の方は出来上がっていて、あちこちから下卑た声、叫び声が聞こえておりました。北堀さんもどこかへ行かれた様子で、テーブルの隅に座布団がまた二つ、私達を待ち構えていたように並んでおりました。あなたは、私に片方をすすめて、そうして私からコップを一つ受け取ると、 「水のお酌もよく回る」 と、おどけた声で言いました。水差しと、コップ。私から水のお酌。 「お強いと聞きましたけれど」 「まぁ、強いんだろうね」 あなたは、水を一息に飲まれてしまいました。 「お好きなのですか?」 「好きです。何というか、お酒を飲むと落ち着くのです」 周りの方はそれぞれに夢中で、私達二人の事など、気にも留めない様子でした。 「お姉さんも、飲まれますか」 「嫌いではないですけど」 「いい事です」 あなたは、そう言ってうんうん頷きました。 「彼女様が、心配されたりしませんか?」 これは、思い切った質問でした。幻滅したなどではないのです。あなたの姿を現実に見て、そして、むしろもっと、あなたに対して情がわいたんです。 「いないよ」 あなたの隣で、酔いつぶれた人が寝ていました。 「もてないんです。こんな変人だから、女の人も離れるんだ」 「あら、綺麗なお顔をされてますのに」 「顔だけね。騙し続けるのは難しい」 「私じゃ駄目?」 思い切った、質問。 でも私は、これがちっとも不自然だと思いませんでした。会ったのは今日が初めてですけれど、あなたの事は、だいぶ前から知っていたのですから。 あなたは、一度はっとして私の顔を見、その後例のあなた特有の笑みを浮かべて、 「男というのはね」 と、口を開かれました。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加