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「男というのは、女性に夢を見せる為に在るのです。とびきり幸せな夢を。皆その事で悩むんです」
二杯目の水は、コップの中に半分くらい残っておりました。
「僕では、あなたに夢は見せられない」
その席では、澄ましていましたが、帰ってから布団に突っ伏して泣きました。
悔しくて、悲しくて。不器用な告白に至った事を心底後悔したのです。澄ましていたのは、あなたに酌をした女性の、社交辞令とでも思って欲しかったから。思えばこの恋の火は、私の胸の内だけにありました。あなたも誰も知らないし、あなたにとって私は、出会ったばかりの女に過ぎなかったのです。
その晩、私の脳裏にあなたの顔と、そしてあの花瓶の絵が、何度も脳裏に浮かびました。
海の絵がありました。大きなキャンバスに、白い波と、青い海。そして砂浜。空の色は控えめで、主張しない感じの、静かな海の絵でした。
この頃になるとあなたの絵は、色んな人の知る所となって、私のところ以外からもたくさん依頼が来ておりました。この海の絵は、翌月に発表するという事で、出版関係者のみ先行公開という形のもと、他の作品と共に飾られておりました。
海といえば、青い空と青い海、打ち寄せる白波じゃないかしら。あなたの絵は、そのどれもが控えめでした。静かな、キャンバス全てが調和した絵。譲り合ってきちんと整列したような絵。あの時振られた、あなたの事を考えていたら、いつの間にやら本人が隣に立っておりました。
「歪な絵だ」
あなたの絵ではありませんか。私がそう言うと、あなたはバレましたか、と照れくさそうに笑いました。
「あの時はどうも」
やはり、あなたはお酒に強いようです。あの告白も覚えているのでしょうね。と、私は俯きました。
海の絵の前にあなたと私。
この頃、あなたについて書かれた記事が、あちらこちらに載っておりました。他人の評価が何だと思いましたけど、何となく、目に留まったものは読んでいたのです。
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