3人が本棚に入れています
本棚に追加
僕は、そんな思いを胸に走り出す。
だが……。
所詮は無駄な足掻きだとでも、いうのだろうか?
僕が辿り着いた時には、街は炎に包まれ悲鳴と苦痛の叫びのみが飛び交う。
まるで、僕の思いを嘲笑うかのように無慈悲な現実が、僕の眼前へと突き付けられる。
苦悶の表情の遺体が、所々に転がり……辺り一面は血の海と化す。
その中には顔ぐらいしか知らない者達や、良く知る者達もいた。
例えば……守衛師団と関係の深い人等…。
(ミスギさん……。)
僕は自らのお腹を抱え、血溜りの中で息絶えし女性を静かに見下ろす。
彼女は、最近エルド・エランス第四部隊長の恋人たる人である。
守衛舎本部の周辺にある飲食店に勤め、たまに軽食等の差し入れとかもしてくれた。
エランス第四部隊長は近々、結婚すると言っていたのだが……その理由が今、分かったような気がする。
恐らく、彼女はエランス第四部隊長の子供を身籠っていたのだろう。
(これからだったのに……。)
僕はこの行いを成したる者に、抑えきれない怒りを覚えた。
今朝まで、幸せそうに微笑んでいた者が理不尽な形で、死を迎える。
彼女は決して、楽な生き方はしていなかった。
いや、今を生きる者に楽な生き方をしている者などいない。
何時、その日常が消え失せるか分からない時代を生きているのだから。
だが、それでも……。
(こんな形で、 ささやかな幸せが奪われていい筈がない……。)
僕は彼女の見開かれた瞳を右手で閉じさせると、ゆっくりとその場を離れた。
エランス第四部隊長は、この状況を知っているのだろうか?
この不幸を。
この災厄を。
急がなければならない状況の中、そんな思いが過る。
しかし、次の瞬間、僕はそんな切ない思いが徒労であった事を知った。
(エランス第四部隊長……。
そうですか、貴方は最後まで――。)
散乱した死体の中に胸を貫かれ、右腕を失った死体が一つ。
エランス第四部隊長の遺体だった。
状況から見て、彼は最後まで迫り来る脅威に立ち向かい……命を落としたのだろう。
大切な者を守る為に――。
そんなエランス第四部隊長の姿を見た瞬間、ミスギさんの所に連れていってあげたいという思いが過ったが、僕は即座にその思いを振り払った。
今はまだ、その時ではないからである。
僕が今、為すべきは父の元へと急ぐ事。
最初のコメントを投稿しよう!