第1章【喪失】

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僕は、そんな思いを胸に走り出す。 だが……。 所詮は無駄な足掻きだとでも、いうのだろうか? 僕が辿り着いた時には、街は炎に包まれ悲鳴と苦痛の叫びのみが飛び交う。 まるで、僕の思いを嘲笑うかのように無慈悲な現実が、僕の眼前へと突き付けられる。 苦悶の表情の遺体が、所々に転がり……辺り一面は血の海と化す。 その中には顔ぐらいしか知らない者達や、良く知る者達もいた。 例えば……守衛師団と関係の深い人等…。 (ミスギさん……。) 僕は自らのお腹を抱え、血溜りの中で息絶えし女性を静かに見下ろす。 彼女は、最近エルド・エランス第四部隊長の恋人たる人である。 守衛舎本部の周辺にある飲食店に勤め、たまに軽食等の差し入れとかもしてくれた。 エランス第四部隊長は近々、結婚すると言っていたのだが……その理由が今、分かったような気がする。 恐らく、彼女はエランス第四部隊長の子供を身籠っていたのだろう。 (これからだったのに……。) 僕はこの行いを成したる者に、抑えきれない怒りを覚えた。 今朝まで、幸せそうに微笑んでいた者が理不尽な形で、死を迎える。 彼女は決して、楽な生き方はしていなかった。 いや、今を生きる者に楽な生き方をしている者などいない。 何時、その日常が消え失せるか分からない時代を生きているのだから。 だが、それでも……。 (こんな形で、 ささやかな幸せが奪われていい筈がない……。) 僕は彼女の見開かれた瞳を右手で閉じさせると、ゆっくりとその場を離れた。 エランス第四部隊長は、この状況を知っているのだろうか? この不幸を。 この災厄を。 急がなければならない状況の中、そんな思いが過る。 しかし、次の瞬間、僕はそんな切ない思いが徒労であった事を知った。 (エランス第四部隊長……。 そうですか、貴方は最後まで――。) 散乱した死体の中に胸を貫かれ、右腕を失った死体が一つ。 エランス第四部隊長の遺体だった。 状況から見て、彼は最後まで迫り来る脅威に立ち向かい……命を落としたのだろう。 大切な者を守る為に――。 そんなエランス第四部隊長の姿を見た瞬間、ミスギさんの所に連れていってあげたいという思いが過ったが、僕は即座にその思いを振り払った。 今はまだ、その時ではないからである。 僕が今、為すべきは父の元へと急ぐ事。
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