漂う嫌悪、彷徨う感情。

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 そして朝会の時間に。  『周知連絡事項はありますか?』の課長の声に、『少し宜しいでしょうか』と右手を挙げ、美紗と一緒に前に出た。  緊張気味の俺を、美紗が心配そうに覗き込む。  『大丈夫』と美紗に口パクし、大きく息を吸い込んだ。  「えー。色々な噂が飛び交い、皆さんにご迷惑をお掛けしましたが、私と木原さんは当初の予定通り、結婚致します」  俺の発言に、当然所内はざわついた。  「仕事とは関係のない話ですので、話す必要もないのかもしれませんが、皆さんに気持ち良く結婚式に出席して頂きたく、この場を拝借し、弁解させてください。  今回の件は、全て私の不徳の致すところでありました。木原さんが浮気をしたというのも誤解で、むしろ私の方にこそ問題がありました。結婚にビビって、男のくせにマリッジブルーになってしまい、小田さんに甘えてしまいました。木原さんが怒るのも当然です。皆さんが見た、木原さんの浮気相手と思われる人物は、私の妹も知る、ただの友人です。私の妹と木原さんは中学のクラスメイトです。古くからの付き合いなので、異常に仲良く見えただけで、木原さんは浮気などしていません。  私自身も小田さんの優しさに寄りかかり、木原さんや皆さんに誤解を招く行動をしてしまった事、深く反省しております。ただ、小田さんに救われた事は確かです。小田さん、迷惑を掛けてしまってすみませんでした。感謝しています。ありがとう」  少々の事実を織り交ぜながら、つらつらと嘘を並べ続ける。だけど最後の小田さんへの気持ちは偽りのない真実。  昨日一昨日で一生懸命に考えた、小田さんへ向けた言葉。小田さんの気持ちを傷めつけたくない。嘘を吐いてでも、小田さんに、俺に失恋したかの様な、周りからの憐みの視線を浴びせたくない。小田さんを辱める事など、決してしてはいけない。  小田さんの方を見ると、小田さんが目を真っ赤にしながら涙を堪えていた。きっと、最後の気持ちは嘘ではない事は伝わっているのだろう。
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