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「悪性腫瘍でね。倒れたのですよ。若かったし進行が速くてね……」
「でも――」
「そういう話は良くあるのですよ。丁度無くなった命日が今日ですし。貴方に会いたかったのかもしれません」
杉下先生は私が落ち着けるようにか宥めなるようにそう言う。その声は申し訳なさそうで悲しげで。
「だって――」と、昨日会ったことを言おうとした時、私は思い出していた。
あの夕日に照らされた彼の背中。違和感が激しかったのは、本来、私の方に伸びる彼の影が無かった事を。
両目から涙が流れる。胸の奥が閉まりすぎて苦しく、喉は渇いていないはずなのに何日も水を飲んでいない位に渇きを訴える。目頭が余りにも熱く、私は両手で顔を隠した。
彼は三年前に亡くなっていた。そんなことも知らずに私は――。
昨日に引き続きどれ程、泣いただろう落ち着いた頃に杉下先生に見送られて病院を後にした私は、何も考えられない無気力のまま地下鉄に揺られて暗い窓の外を見ていた。
「あーあ。だから行くなって言ったのに」
誰もいない車両なのに直ぐ隣の席で彼の声が聞こえる。横を向くと彼は悲しそうな表情で私を見ていた。
「お別れしたくなかったんだけどさ。しないと千紗、前に進めないだろ」
私は何も言えない。言葉を出そうにも出す言葉がない。
「それに、俺も喧嘩別れは嫌だったしさ」
彼は独白するように私の手の上に手を重ねて言う。彼の重みはもう感じられない。
「幸せになって欲しい――けど、今日は泣き潰してもいいよ。でも明日からは、な?」
彼に宥められながら、私は涙を流す。
嫌だけれど彼がちゃんと逝けるようにしなければ。私の心は固まっていた。
涙を止めることは出来ない。けれど笑顔で彼に頷くんだ。そう思い、できるだけの笑顔を彼に向けて頷いた。
「好きだったよ。藤田君」
「俺もだよ」
地下鉄の電車が止まる。もう降りないと。
私は彼の座る座席を振り返らずに電車から降りた。前に進む為に――。
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