第1章

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女性はそう言って私に記入用紙と鉛筆を渡す。私は言われるがままに必要事項を記入した。そして、手渡す際に「何号室に入院しているのか聞き忘れてしまって」と、伝える。 「大丈夫ですよ。こちらでお調べしますから」 そう言ってパソコンで何かを調べていた女性の顔が少しして引きつる。どうしたのだろうか、と思う間もなく「こちらの患者さんは……」と、口をどもらせてしまった。 もしかしたら面会謝絶なのだろうか。けれども、面会謝絶なのに外出出来るはずもない。もしかして、職員の人に私が来たら返すように言われてるとか――?と、考えていると女性は「失礼ですが、ご関係を伺っても?」と訝しげに聞いてきた。 「恋人です。ずっと連絡が取れなくて、昨日、彼からここに入院していると聞きました」 私の言葉に女性は少し戸惑った表情を浮かべる。その後「少々お待ち下さい」と言われて何処かに電話をし始めてしまった。 私の頭の中はハテナマークでいっぱいになっていたのだけれど、暫くして四十代くらいの医師が私の元にやってきた。 「藤田君の主治医の杉下です。貴方が霧島さんですね。彼からよく話は聞いていましたよ。ええと、こちらにどうぞ」 そう言って案内されたのは入院している病室ではなく、診察室だった。もしかすると、病状がかなり悪くなってしまったのだろうか。不安に思う私を尻目に診察室の椅子に座った杉下先生は私にも掛けるように別の椅子を差し出す。 「すみません、もしかして具合が悪くなったのでしょうか……昨日会った時は元気そうだったんですけど」 「昨日……ですか? ええと、昨日、藤田君に会ってここに入院していると言われたのですか?」 杉下先生は確認するように私へ質問をする。彼の少し痩けた表情に浅黒い皮膚を見ながらも私は頷いた。 「そうですか。そういうことも有るのかもしれませんね。彼は病気に関して何か話していましたか?」 「長くはないと。もしかして、無理をして病院から出たとかで具合が悪化したのですか?」 私がもう一度そう言うと、杉下先生は白衣の袖から覗く細い手で額を何度か擦りながら「良いですか、落ち着いて聞いて下さい」と、私の目を見て言う。 私は何も返す言葉がなくて、ただ頷くしかなかった。そして杉下先生の言葉は私にとって理解出来ない言葉だった。 「藤田君はですね。三年前に亡くなられているのです」 「え?」
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