第1章

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緩やかに走る地下鉄の車輪。少し温い空気。温かな座席。 春はあまりにも眠気を誘うのに単調な音と温もりはそれだけでウトウトと私の眠気を誘って行く。 自宅から近い横浜駅から地下鉄に乗って三駅。関内駅の近くに私がアルバイトをする喫茶店がある。 大学の通学路から真逆の方向にある喫茶店を選んだのには理由があった。 高校の頃、付き合っていた人がいて、彼とのデートはもっぱら関内だったりアルバイトをしている喫茶店だったりと思い出が多いからだ。 彼はサッカーが好きで本が好きで高校生にしては大人びているそんな雰囲気に恋をしていたのかもしれない。けれども、彼とは高校を卒業してから連絡を取っていないのだ。 その原因は私にある。受験が終わるまでの間、会うのを控えたいと言ってから徐々に口喧嘩がになり疎遠になってしまった。それが切っ掛けで彼との距離はいつの間にか自然消滅したいる。当時の私は受験に集中したくて、彼はそれを寂しかったのか受験に焼き餅をしていたのかもしれない。大人びているといっても高校生なのだから無理はないのだろう。 今頃彼も大学で遊んでいるのだろうか――。 ふと、そんな懐かしい気持ちに私の胸は少しキュッと締まる。私に合わせるように電車は少しよろめきながら停車した。 「関内~関内です」と、車掌のアナウンスが聞こえて私は軽く伸びをしてから電車を降りる。 私の働く『γカフェ』は関内駅を降りて五分程歩くと白い外壁に木製のドアが見えてくる。大きな看板は無く、木製のドアの横にγカフェとだけ書かれていて、初めてそのお店に入ったときは入っても大丈夫なのだろうか、と少し怖かった。 ドアを開けると心に染み渡るような女性がデュオで歌う心の温まる歌が流れてくる。太い黒縁の眼鏡を掛けた男性オーナーのお気に入りらしく、今でもよくこのデュオの歌手の曲が掛けられている。ただ、最近になって歌手の一人が亡くなったのをネットで見てから店長がいつ気づいてしまうのか少し不安だ。
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