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チッ、チッ、チッ、チッ。
耳朶を打つのは、ハットの奏でる四分打ちカウント。演奏開始の合図だ。
この楽曲は低音から始まる。俺が奏でたベースの音。雨音のように、ぽつぽつと鳴らされる大輔のスネア。そこに静香のギターの音が滑り込む。長く引き伸ばされたベースの音に寄り添い合い、背後でシンバルが弾け、音楽になる。単なる音の連なりじゃない。共鳴する音の束が融け合い、この空間に広がっていく。
イントロが終わり、Aメロに入る。
「――――」
喉を震わせ、高音を響かせた。誰もが聞き惚れる俺の美しい歌声が、この広い音楽室に深く根を張り――。
「はいストーップ! やめだやめだ! やっぱり貴志(たかし)にボーカルは無理なんだよ!」
演奏の途中で、ドラム担当の宇田川大輔(うだがわだいすけ)がシンバルを滅茶苦茶に叩いた。
「ちょ、何勝手にやめてんだよ! いい感じの演奏だったのに!」
振り返って抗議すると、大輔がキッと睨んできた。
「ああ、たしかに演奏はよかった。問題は貴志の歌声だ! 声裏返っててキモいし、しかも音外し過ぎ! あとキモい!」
「二回もキモいって言うな! つーか、お前の主観で判断するな。俺が音痴なわけあるかよ。なぁ静香?」
助けを求めて、ギター担当の湊静香(みなとしずか)を見る。ショートボブの似合う優しい雰囲気の女の子だ。
「あはは……お、音楽は娯楽だから、貴志くんが自分で楽しむぶんには、その、いいんじゃないかな……?」
笑って誤魔化す静香。いやそれ全然フォローになってないんだけど……。
まぁいい。俺の歌声については後で議論するとして、今は他に話し合うべき事案がある。
ここは第二音楽室。俺たち軽音楽部は、一か月後の文化祭に向けて練習をしている最中だ。
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