第一章 密室の切り裂きジャック

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 俺たちのバンドには元々女性ボーカルがいた。ビブラートが綺麗で、よく声の通る優秀なボーカルだった。  しかし先日、彼女は家の都合で九州に引っ越してしまった。そのせいで、俺たちのバンドはボーカル不在だったりする。  仕方がないので、ベース担当の俺がボーカルを兼任してみたのだが、ご覧の有様だ。ボーカルが女性だったから、俺たちが練習してきたのは女性ボーカルの曲ばかり。男の俺にボーカルは土台無理な話である。  というわけで、必然的に静香がボーカルをやれという話になるのだが、事はそう簡単ではない。 「頼むよ、静香。貴志の代わりにボーカルやってくれ」  大輔が泣きそうな顔をして頼むが、静香は顔を赤くして、顔を左右にぶんぶん振った。 「む、無理だよ。私、人前で歌うの恥ずかしいもん……」  静香は妙なところで恥ずかしがり屋だった。人前で演奏するのは抵抗ないのに、歌うのは駄目らしい。 「どうすんだよ、大輔。ボーカル決まらないぞ」  尋ねると、大輔は数秒間唸りながら考えた後、口を開いた。 「あれだ。いっそのことボーカルなしとか?」 「インストってことか……でも、ちょっと地味じゃないか?」 「まぁボーカル不在だと華はないかもな。でもまぁ今の状況だと、最悪ボーカルなしでライブをするってことも頭に入れておいたほうがいいぜ」 「だよなぁ……はぁ」  立たされている現状に嘆き、盛大にため息をつく。  ボーカルがいないとなると、新メンバーを見つけるしかない。うーん、どこかに優秀な人材はいないものか。
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