ハルト

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「ここまででいいんじゃないか。あとは自分で行けるだろう」  ハルトは怯えた目で俺を見上げると、救いを求めるような目で直哉を見つめた。直哉はハルトの頭に手を置いた。 「いいじゃん。ここまで来たんだし。ぼくはお母さんと面識があるから、ぼくが一緒だとハルトくんも遅くなったことを叱られないですむかもしれないし。ねっ?」  ハルトは直哉を見上げると、にっこり笑った。直哉がそういうのなら、そうなのかもしれない。俺が黙ってうなずくと、二人は手を繋いだまま階段を上り始めた。俺は自転車を止めてから二人の後に続いた。ハルトの足取りは軽かった。切らせた息も、少し笑っているように感じる。  ハルトは三階の扉の前で立ち止まると、たすき掛けにしたショルダーバッグをコンクリートの床に置いた。かぶせを開いてバッグの中に手を突っ込む。ゴソゴソとバッグの中をかき混ぜると、中から鈴の音が聞こえた。ハルトがバッグから取り出したのは、家の鍵だった。鍵穴に鍵を差し込み、がちゃりとロックを外す。ドアノブを回してベージュで塗られた鉄の扉を重たそうに開けた。微かに甘いような懐かしいような匂い。子どもの頃、友達の家に遊びに行った時に感じた”よそのおうち”の匂いだった。 「きぬがわさん、入って!」  部屋の奥は真っ暗だった。ハルトは玄関の電気をつけると、直哉の手を引っ張り玄関の中に引き込んだ。俺も続いて後に入る。直哉が中を覗き込むようにしていった。 「こんばんは!衣川です。ハルトくんのお母さんいらっしゃいますか?」 「お母さんはいないよ。仕事に行ってるんだ」  ハルトはそういうと、スニーカーを脱ぎ、誰もいない自分の家に上がった。玄関のすぐそばにある引き戸を開き、壁のスイッチで明かりを点ける。青白い蛍光灯に照らされたダークブラウンのダイニングテーブル。そこにはラップがかけられた夕食が用意されていた。そのさらに奥の部屋の電気もつけると、ハルトはまたこちらに戻ってくる。直哉の手を引っ張っていった。
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