ハルト

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「入って!ねえ、ぼくの持ってる本を見て!」  直哉は前につんのめりながら、慌ててスニーカーを脱いだ。ハルトに手を引かれるがまま家の中に入っていく。この家の住人とはいえ、ハルトはまだ子どもだ。いくら直哉が親と顔見知りだとはいえ、大人のいない家に勝手に上がりこむのは、なんとなく気が進まなかった。直哉も同じことを感じているのかして、奥の部屋から聞こえてくるハルトに対しての受け答えは、少しぎこちないものになっていた。せめてもと思い、俺は玄関扉を開けたままにして直哉を待った。よその家で知らない子どもと一緒に密室状態になるのは好ましくない。別に悪いことをしているわけではないが、悪いことをしていると疑われたくなかった。俺たちは先生や親に「知ってる人だからといって信用しちゃだめ」と教えられてきていた。よく母親が「迂闊に親切なこともできない世の中になった」と嘆いていたのを俺は思い出していた。自分が大人の年齢に近づいた今、ようやくその意味がわかったような気がした。  その時だった。階段を上る足音が聞こえてきた。はあはあと息切れする声がだんだんと近づいてくる。おうちの人が帰ってきたのかもしれない。俺は背筋を伸ばして、階段の方へ向いて挨拶をする準備をして待った。だけど、そこに現れたのは意外な人物だった。安心して、俺はすっかり気が抜けてしまった。 「あれ?ケンちゃん。あんた何やってんの、こんなとこで」  階段を上ってきたのは、ファーストフード店で一緒に働いているパートのおばちゃん、中村さんだった。俺はファーストフード店では、皆んなにケンちゃんと呼ばれていた。なんだかちょっとダサくて好きなあだ名じゃなかったけど。俺はほうけた顔でいった。 「こんばんは。中村さんこそ、どうしたんですか?」  中村さんは、息を切らせたまま俺の前を通り過ぎると、ハルトの家の中を覗き込んだ。
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