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「いやな、山内さんから電話かかってきてん。家に電話してもハルちゃんが電話に出えへんから見てきて欲しいって。ハルちゃーん、ハルちゃんおるかー」
ハルトが奥から走って玄関に出てきた。
「こんばんは、中村さんのおばちゃん!ぼくずっといますよ!」
平然とそういうハルトに、軽くしかめ面で目配せした。これだけの人間がハルトの家に集まってしまったのだ。ハルトと一緒になって中村さんをごまかすわけにいかなかった。
「ずっとじゃないだろう。ちゃんと本当のことをいわないと」
ハルトは強張った顔で俺を見上げると、口を噤んでしまった。ハルトの代わりに俺が答える。
「すみません。この子、駅前の古本屋に来てたんです。ほら、俺が掛け持ちでバイトしてるところ。遅い時間だったので、家まで送り届けに来たんですよ。俺のツレの大切な常連さんなんです」
中村さんは、安心したような困ったような顔をして、ハルトの頭に手を置いた。
「そうかいな。もう心配させんといてや。お母さんも心配しとったで。ほらはよ、ちゃんと家におるって、メールしとき」
ハルトは、上目づかいで中村さんを見ると、「はあい」といって、奥の部屋へ行った。俺はいった。
「中村さん、そういえばお住まいこの辺っていってましたね」
中村さんは両手を腰にあてると、満足げにニヤっと笑った。
「そうやん、うち隣の列の二階の部屋。もう長いことなるで。三十年以上住んでるわ。山内さんとこは新婚さんで入ってきてな、もう十年以上の付き合いになるんかなあ。うちの息子、もう独立しておれへんやろ。おとうちゃんも早うに逝ってしもたし。せやからこないして、山内さんとこ、たまにちょっと面倒みたってんねん」
中村さんの家の事情についてはもう何度も聞かされていた。ご主人が働き盛りにガンで亡くなられたこと。息子さんは大学卒業後、地方銀行に就職。職場の近くに引っ越したため、今は中村さん一人で暮らしていること。ファーストフード店のパートに来ているのは、若い子とおしゃべりするのが楽しいからだといっていた。差し出がましいとは思ったが、俺は訊かずにはいられなかった。
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