ハルト

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「ねえ健人(けんと)、これ綺麗に撮ってほしいな」  一回生の春学期に使っていた日本国憲法のテキストと、スマートフォンを手にした直哉(なおや)が、可愛い顔をして首をかしげる。受け取るとリビングの窓際、太陽光の当たるところで、表紙と背表紙側から天を撮った。 「これでどうかな?」  スマートフォンを返すと、直哉は画像を確認した。 「うん綺麗。ありがとう。さて、いくらで出品しようかなあ」  4月に入り、長かった春休みが終わる頃、俺たちの間で小さくブームが起こっていたのは、フリマアプリだった。いらないものを誰かに買ってもらい、必要なものを安く買う。それがちょっとゲーム感覚で面白かったのだ。  俺と直哉は二回生の春学期の履修登録を同じにして、あとはテキストを用意するだけだった。大学生協では割引があるので、テキストなんかも定価より安く買えたけど、一冊がやたらと高いので、何冊も買うとなると案外バカにはならなかったのだ。そこで役に立ったのが、フリマアプリだった。  何も綺麗な新品のテキストでなくていい。安く買えるならそれに越したことはない。だから当然、自分たちがいらなくなったテキストも出品すれば、誰かが買ってくれるのである。  直哉は画像をフリマアプリの下書きに入れると、リビングのローテーブルの前に内股でペタンと足を折って座った。ノートパソコンを開いて、ほお杖をつきながらマウスを操作する。どうしてそんな座り方ができるのだろうか。俺だとそんなことをすると、膝が壊れそうなくらい痛くなるのに。真剣な表情でパソコンの画面を見ながらキーボードを叩く直哉がいじらしくなって、後ろから直哉を包み込むようにして座った。首筋にキスをする。 「かわいい」  直哉は首をひねって俺を見ると可愛くはにかんだ。唇にもキスしてやる。
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