ハルト

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 昨日のハルトの言い訳、母親が夜遅くまで働いていること、母親がいない間、ハルトが独りで留守番していること、いろんなことが頭の中を駆け巡った。何といえばいいのかわからなくて、息をするのも忘れていた。  ベランダの窓から斜めに夕日が差し込んでいた。ハルトの髪が柔らかにふんわり光っている。直哉はその髪を撫でると、絞り出すような声でいった。 「そっか。お父さん、早くよくなるといいね」  直哉は立ち上がると、本棚からDVDのケースを取り出した。 「ハルトくん、この映画観たことある?」  ハルトは直哉を見上げると、小さく口を開けたまま首を横にふった。おそらくハルトが生まれる前のアニメである。読書好きの少女が自分の目標や進路に迷いながら、少しずつ成長する話。直哉は高校生の時、その主人公に自分のことを重ねて見てしまうといっていた。 「すごくいい話だよ。一緒にこれ観る?」  ハルトはにっこり笑うと、大きくうなずいた。直哉がテーブルの上のスーパーの袋をチラッと見る。ジュースもおやつも手をつけずにそのままだった。  俺は袋からオレンジジュースを取り出して、コップにたくさんの氷とジュースを入れた。戸棚の中から、コンビニでもらったストローを探し出してコップに刺す。そうした方が、ハルトが喜ぶと思った。二人が座るソファの前にローテーブルを移動させ、ジュースと皿に移したうすしおをセットすると、ハルトは俺と目を合わせないまま「ありがとうございます」といって、頭を下げた。直哉が軽く顎を引いて視線でありがとうというので、俺も目で返事をした。うすしおを一つまみ口に放り込んで、そのまま二人のそばから離れる。俺の大好物のうすしおだったが、なんだか今日は味がよくわからなかった。
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