ハルト

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 時間がぎりぎりになったので、バイト先へは自転車で二人乗りをして行った。  週末の古本屋は、買取査定のお客さんが多い。ファーストフード店のアルバイトと掛け持ちをしている俺は、買い取った本がたくさん詰まった段ボールを運んだり、品出ししたりと、主に力仕事をしていた。古本屋メインでアルバイトしている直哉は、だいたい買取査定をしている。買取額のことでお客さんに文句をいわれることもあるみたいだけど、直哉はたいしてストレスを感じてはいなかった。持ち前の笑顔と話術で、どんなお客もさらりとかわしてしまうのだ。  読書が趣味だという直哉は、小説でも漫画でも、話題作からマイナーな作品まで、なんでもよく知っていた。それでいて接客も得意なのだから、ここでの仕事は天職なのかもしれない。  仕事中に、テキパキとした動作で、きりりとすました彼を見るのは、ひどく優越感をくすぐられる瞬間だった。だってそんな直哉が妖艶な眼差しで、しなやかに甘えてきたりすることは、俺だけしか知らないのだ。淫らに濡れるその体だって、この手の平の記憶に新しい。体力仕事はキツイけど、誰も知らない俺だけの密かな楽しみもあるのだから、直哉と一緒に入る古本屋の仕事は、全然悪くはなかった。  夜になって客足も落ち着いてきた頃、文庫本コーナーで品出しをしていると、同じ通路の向こうの端で、直哉がなんだかおかしな動きをしていた。陳列棚に隠れるようにして隣の通路を覗き込んでいる。俺は気付かれないようにそっと近づき、直哉の肩にちょんと触れた。俺に気付いた直哉は、慌ててひと気の少ない通路の隅に俺を押し込めた。そこは監視カメラにも映らない死角となる場所である。俺はあたりを見渡して、誰もいないのを確認すると、直哉をぎゅうと抱きしめキスをした。直哉は俺の腕をほどくと、俺を制止するように手を握った。
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