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大人向けの小説だった。今までもたくさんの作品が映像化されている人気作家の推理小説である。男の子は震える手で、文庫本を受け取ると、微かにお辞儀をした。直哉はまた男の子の肩を抱くと、通路を歩き始めた。男の子は直哉に促されるまま人形のように歩く。通路の隅に立ち止まると、直哉は男の子の前にしゃがみ込んだ。先ほどの監視カメラにも映らない死角となる場所である。直哉はひどく優しい声でいった。
「バッグを開けて見せて」
男の子の顔色が一度に変わった。また岩のように固まってびくとも動かない。直哉は辺りを見渡し、今度は少しだけ強い口調でいった。
「ハルトくん!お願い、早く!」
男の子は、ビクッと肩を震わせ、ゆるゆるとした所作でショルダーバッグのかぶせを上げた。見覚えのある、プラスチックケースの角が見える。直哉は素早くそのケースを取り出すと、さっと俺に渡してきた。それは店の盗難防止用プラスチックケースに入れられた携帯ゲーム機用ソフトだった。大人にも子供にも人気のあるミステリーアドベンチャーゲーム。ソフトといっても、ケースだけである。防犯タグは付いているが、中身は入っていない。なんらかの方法で防犯ゲートをくぐり抜けても、ソフトは手に入れられないようになっているのである。
俺は何もなかったような顔をして、商品をあるべき場所に戻しに行った。二人の元に戻ると、直哉が手のひらを俺に差し出してきた。
「健人、百円持ってる?」
古本屋の店には特別な制服はなかった。普段着にエプロンを着けるだけである。直哉は、俺がいつもジーンズのポケットにジャリ銭を直に入れていることを知っていた。ポケットから小銭を数枚出し、百円を選んで差し出すと、直哉は男の子の手にその百円を握らせた。
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