ハルト

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「今日は、これでその本を買って店を出るんだ。わかった?」  男の子は目を真っ赤にして直哉の顔を見つめた。みるみる涙が溢れてきて、大きな雫がぼろぼろと頬を伝っていく。男の子は涙声でいった。 「ごめんなさい、ごめんなさい、お父さんは入院していて、お母さんは仕事で忙しくしているから……」  この状況でどうにか言い訳をしたいのだろうが、あとはしゃくりあげるようになり、言葉にならなかった。直哉はエプロンのポケットからハンカチを取り出すと、男の子の顔を拭った。 「泣いてると変だからもう泣いちゃだめ。今日はもうこんな時間なのに、一人で来たの?」  男の子は黙ってうなずいた。直哉は白のG-SHOCKで時間を確かめると、口を引き結んで一瞬考えてからいった。 「おにいちゃん、もう仕事終わりだから、店を出たところで待ってて。おうちまで送っていくから。絶対一人で帰っちゃだめだよ。わかった?」  男の子は小さくうなずいた。直哉は俺に目配せをすると、誰もいないレジに向かった。店が暇な時間帯は、商品加工など別の仕事をしながら、レジの仕事を並行して行うことになっている。俺は男の子の肩を抱いて、直哉のいるレジに連れていった。男の子は直哉から受け取った百円で直哉おすすめの小説を買うと、重たい足取りでやっと店の外に出て行った。  万引きは、立派な窃盗罪である。店のマニュアルでは、万引き犯を見つけた場合、その時間帯にいる最高責任者に報告することになっていた。子どもなら学校、大人なら警察へ通報となり、罪を犯した人間は、それなりの社会的制裁を受けることになる。  だけど、間違いを犯した男の子が無事に店の外に出たのを見て、俺はどこかホッとしていた。自分が良いことをしたのか、悪いことをしたのかわからない。ただ、俺にとって直哉が全てだった。直哉の意向に従うことが、俺にとっての”正解”なのだ。
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