84人が本棚に入れています
本棚に追加
時計が夜の八時をさした。俺と直哉はタイムカードを押すと、エプロンを素早く外してロッカールームを出た。店長に出くわすと残業を頼まれるかもしれない。それより、なんとなく後ろめたさもあり、店のエライサンには顔を合わせたくなかった。裏口から出たところで直哉が俺の腕を取り、早口でいう。
「さっきの子、山内陽斗(やまうちはると)くんていうんだ。確か小三、いや今年小四になると思う。ぼくと一緒、小説や漫画が大好きで、店にはしょっちゅう来てくれているの。週末はいつも思う存分立ち読みをした後に、お気に入りの一冊を買って帰ることが多いんだよ。本の置いてある場所を聞かれたりしてるうちに仲良くなったんだけど、あの子、頭が良くて本当はすごくいい子なんだ。お母さんが一緒の時もあるけど、お母さんもすごく良い人で、あの子が万引きするなんて信じられない」
最後の方の声は少し震えていた。直哉は随分動揺している。俺は震える恋人をぎゅっと抱きしめ瞼にキスをした。
「わかった。さあ行こう。アイツちゃんといわれた通り待ってるといいけど」
二人で足早に店の前に回った。ハルトは、また石みたいに固まって、店の前の階段にちょこんと座っていた。目だけきょろきょろ動かして辺りを伺っている。直哉が近づくと、安堵した表情になり、バネみたいにぴょんと立ち上がった。
「きぬがわさん、ごめんなさい。ぼく悪いことしました。警察が来たらどうしよう」
直哉はふわりと微笑んで、自分の胸の高さほどしかない小学生の頭を撫でた。
「だいじょうぶ。警察は来ないよ。それより、あんなこと二度としちゃだめだ。どんな事情があったかは知らないけど、絶対にやってはいけないことだよ」
ハルトは深くうなずて、素直に答えた。
「はい。わかりました。もう二度としません」
だけど俺は、ハルトが最初に謝った時、いかにも人が同情しそうなことをスルスルと言い訳にした事がちょっと気になっていた。男の子の前にしゃがんで、顔を覗き込んでいう。
最初のコメントを投稿しよう!