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ドラマなんかであるように、厄介事に巻き込まれたくないから殺人事件を通報しない、という重大なものでなくても、ただ警察に長々と説明することになったら嫌だ、とか書類を書くことになったら面倒くさい、とかで名乗らないというのもありえそうな話に思えた。
「まあ、最後まで聞けよ。病院に運ばれた永田は、うわごとでこう言ったそうなんだ。 『ミサが通報した』って」
それを聞いた時、俺は全身のうぶ毛が逆立った気がした。
永田の恋人だったミサさんは、もう数ヵ月も前に海の事故で亡くなっているのだから。
「いや、うわごとって、要は寝言みたいなものだろう。夢でも見てたんじゃないか。どんな声してたか、救急の人に聞かなかったのか? それと確か、かけた人の電話番号が記録されるんじゃなかったっけ?」
「永田の親が聞いてみたけど、教えてもらえなかったって。今は個人情報だのなんのうるさいからな」
吉村は楽しそうに続ける。
「でな、永田のうわごとの話が、人伝えにミサの家族に伝わったんだ。で、ミサの母さんは娘のスマホをまだ解約できなくて、取っておいた。で、調べて見ると」
「百十番への発信履歴が残ってた?」
「いや、無かった。でもな」
そこで吉村はまた意味ありげにいったん言葉を切った。
「いつも置いてある場所からスマホが移動していたって。それで、とっくに充電が切れてるはずなのに、一瞬だけ画面がついたって」
「ホントかよ……」
前に一度だけ見た、ミサさんの姿を俺は思い出した。
清楚で、おとなしい感じの女性だった。あんな儚(はかな)い雰囲気の女性が、意志の力で死してなお恋人を助けようと奇跡を起こしたのだろうか。そんな事を考えていたら、じわっと涙が浮かんできて、俺は目がかゆいふりをしてそれをぬぐった。
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