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いつの間にか夜はとっぷりと暮れていた。僕と由佳はダンジョンの安全地帯でキャンプファイヤーを焚いて体力を回復させていた。その時間に気分転換で一人、病院の中庭に出てみた。由佳は一休みにとコーヒーを注いで、ふ~っと冷ましながらその香りと味を堪能していたのが窓越しに見えた。
まだ五月、夜はひんやりしていて熱く火照った頭と胸を冷ますのにはちょうどいい。
今宵の空には、きれいに真半分の月が浮かんでいる。今の僕は半分だ。リアルでは男子、ゲームでは女子。
そして昔はわからなかった、女の子の気持ちっていうのが、ちょっとだけわかってきたような気がしていた。
月の光に照らされたビオラが、薄闇の中にぼんやりと浮かんでいた。幻想的で、健気で、いじらしかった。僕は思わず花壇のビオラに語りかけていた。
「あしたからちゃんと見るから、きれいに咲いててね、みんなのために」
僕がそんなことを思うのは、きっと初めてのことだと思う。
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