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宏がビクリと後退りする。
母さん達が選んだ健康な息子。
無邪気でかわいい息子。
二度と会えないと思っていたのに、会えるなんて。
俺は弟に手を伸ばした。
加納が宏に向きを変える。
弟は鼻を鳴らした。
「お前はいつもそうだな。同情を引くだけが取り柄か?」
加納を払いのけ、宏は俺の胸倉を掴んだ。
「俺は同情しねえ。可哀想だとは思わねえ。加納が、はっきりといわねえからいうが、俺達は付きあっている。加納が何と思おうが、俺とこいつは愛し合っている。お前の入る余地なんざねえ」
宏がボロボロと泣きだす。
「だから、諦めろ。諦めてくれよ。頼むから」
すべてを理解できるはずがなく、すべてを受け止められるはずもなく、でも、俺は一つだけ分かった。
俺の不幸せとは違う不幸せを、弟は味わっていたのだ。
加納を窺う。
彼は俺の視線に気づき、見つめてきた。
こうやって顔を突き合わせているだけで、胸の奥が疼く。
俺はこの人を愛している。
弟が項垂れる。
手が俺の腕を滑り落ちた。
俺は周囲を見回し、亜子の濡れた瞳に瞼を閉じた。
俺は何をやっているんだ。
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