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「もしもし、ごめんな。こんな時間に電話して。今、話せるか?」
くぐもった声に記憶を探る。
受信機の性能が悪いのか、声には靄がかかっていた。
十中八九間違い電話なのだが、稀に友人やゼミ仲間だったりするため、下手に切ることができない。
「加納。聴いているのか。もしかして寝ていたとか?」
自分の苗字に前髪をかき上げた。
知り合いか。
加納は最近会った人間を思い浮かべた。
「もう起きているよ」
「そう、よかった」
男の背後で電車が通りすぎていく。
加納が学生として所属している、本業の大学周辺に線路はない。
と言うことは、男は大学からかけているのではないのだ。
家か、もしくはそれ以外。
だが、加納はそのような場所から気さくに電話をかけられるほど、親しい友人は持っていなかった。
万一、かかってきても対応できるようにと、数名の番号は携帯に登録してあるが、一度会っただけで番号を交換した相手は、携帯に名前すら教え込まないのが加納なりのルールだった。
登録しても時間の無駄だ、と思っていたからだ。
かかってこない番号。
かけることができない番号。
そんな不確かなものはいらない。
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