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加納はホテルに突然現れ、亜子に東京行きの支度をするようにいった。
彼は片岡宏の手をガッチリ握りしめ、軽装だった。
片岡は隙があれば逃げようとし、その度に加納は何度も片岡に好きだと囁いた。
その繰り返しは、新幹線の中でも続いた。
片岡が眠りについたのは、静岡を出た辺りだった。
「来てくれて、ありがとうございます」
加納が微笑する。
「私は仁志からあなたを切り離しました。私がもっとしっかりしていたら、こんなことには」
「連絡ならできたんです。会おうと思えば会えたんです。俺が断ち切った。あなたは悪くない」
亜子は唇を噛み締めた。
「それよりも感謝しています」
加納がこちらを見る。
「一村を支えてくれて、本当にありがとう」
あっ、と思った時には、涙が止まらなくなっていた。
居てはいけない場所だと思っていた。
葛城から愛する人を奪い、求められないのに傍にいて。
だけど、居てよかったのだろうか?
自分がしてきたこの数年が、少しでも葛城にとって、安らぎになっただろうか?
車窓はネオンを揺らがせ、亜子の体を震えさせ、今から向かう場所へ近づくほど明るくなっていった。
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