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破棄する気か、と加納が笑む。
「頑張って生きるって約束」
「だって」
だって、お前がいてくれなかった。
嘘をついたのは、お前だ。
涙が次から次へと溢れてくる。
「ごめん」
加納が謝ってくる。
だけど、今はそんな言葉を聞きたいわけじゃない。
そんな悲しい声を、聞きたいわけじゃない。
「一村、俺はお前だけに謝っているんじゃない」
加納がふっと苦笑し、俺の涙を拭った。
「俺は俺に関わるすべての人に、申し訳ないといいたいんだ。俺は、お前が俺の母親に殴られたあの日から、人を愛せなくなった」
そこで加納は微笑した。
「覚えていたんだ。お前にいわれた時は驚いて、何もいえなかったけど、俺は俺が助けられなかったあの日のあんたを、覚えている」
俺は加納の黒い瞳を見つめた。
唇が震える。
「俺はあの日、自分には力がないんだって思い知った。そして、それ以上に、俺も母のようになるんじゃないかって怖かった」
佐藤が腕を組んだ。
彼の目元がピクピクと動く。
「案の定、俺は宏に暴力をふるった。俺は衝動で人を殺せる人間なのかもしれない。俺はやっぱり碌でもない人間で、それでいて宏の強さに甘えて、いや、弱さにつけ込んで一緒にいてもらって、本当にふざけた男だ」
佐藤の隣にいる青年に目をやる。
路上で加納に殴られていた青年。
「宏?」
泣きながら、しかし、睨みつけてくるその眼差しに、彼の名前を呼んでいた。
宏、俺の弟だ。
どうして気がつかなかった。
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