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 加納は病室から出てくるなり、一村の家族に頭を下げ、躊躇う彼女達を病室へとそくして、佐藤達の方へと向かってきた。  腕時計を見て、 「午前一時十五分だ。ホテルでも探すか? それともカラオケでも行くか?」  という。  だが、こちらの様子を窺うと、沈んだ表情の宏の手を握り、佐藤の胸板を軽く叩いてきた。 「何だよ。しけた面して」 「あいつと何してたんだ? すっきりした顔しやがって」  宏が加納を突き飛ばす。 「許したんだよ。俺は宏と生きる自分を、母さんの息子である自分を、優柔不断で弱い自分を、許したんだ」 「開き直りかよ」 「ああ、開き直って、お前と生きたいといっているんだ」 「嘘だ」 「嘘じゃない。一村は亜子さんと幸せになるといった。俺はお前と幸せになりたい。だから、力を貸してくれ。俺と幸せになってほしい」 「ばっ……馬鹿じゃねえの」  宏が歩き始める。  まったく素直じゃない。  続こうとすると、加納に腕を掴まれた。 「黙っているつもりか? 宏の遊び相手ってお前だろ?」  心臓が鷲掴みにされたが、「俺だけじゃない」と佐藤は無表情をきめこんだ。 「別に怒っている訳じゃない。妬いてもいない。ただ、お前の気持ちはお蔵入りか?」  そういう愛もある。  想い続けるだけの、伝わらない愛だってある。 「お前はお前だよ。今の俺には、それしかいってやれないけど」  加納が歩きだす。  佐藤の両目から涙が零れた。  自分は自分、誰でもない。  でも、それはこんなにも難しく、尊く。  けれど、と佐藤は思う。  先に歩きだした友人が、後ろ手を差し出してくれているのも、この自分の涙も、現実だ。  佐藤はそっと追いつくと、加納の手に触れ、握り返されることに、口を押さえた。  いつも楽しいわけじゃない。  いつも笑っていられるわけじゃない。  いつも壁を作っているわけにはいかない。  いつも愛を囁いているわけにはいかない。  でも、どこかには救いがある。  どこかには自分の居場所がある。  どこかに光は必ずある。  だから、このお飾りで埋め尽くされた世界を、この醜い世界を、この他者を排除する世界を、この儚い世界を、この愛しき世界を永遠に。                              完
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