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一村は鍵をかけると加納の手首をとり、先頭に立って歩いた。
ベッドに寝かされる。額に手を当てられた。
「熱はないみたいだな」
彼は息をついて、上布団を正した。
「寝ていろよ。台所を借りるからな」
加納は、ネクタイの糸の隙間を縫ってくる光に、体の力を抜いた。
上の辺りで一村が活動していて、その動作を追おうとしたができなかった。
一村が冷蔵庫を開け、絶句する。
そういえば、ここ三週間、冷蔵庫を開けなかった。
加納は目を閉じ、一村が嘆いてくるのを待ったが、そのような時間はいつになっても来なかった。
再び近づいてきた一村からは食べ物の匂いがした。
湯気が頬にかかる。
「お粥だ。机に置いておくから食べてくれ」
「おい、俺は超能力者じゃないぞ」
「食べさせて欲しいのか?」
「違う。このままじゃ食べられないだろ? どこに何があるのか、ちっとも見えないんだぜ」
大声を出し、咽た。
一村が後から背中を擦ってくる。
加納は他人の感触にのぼせた。
人間の掌がこんなに広くて、温かいとは思いもしなかった。
「俺が風呂に入っている間に、ネクタイをとって食えばいい」
「風呂って。あんたも図々しいな」
「謝らないぜ。こちとら、高津から赤羽までタクシーで来たんだからな。それを負わせないだけでも、感謝してもらいたいくらいだな」
一村が話すと首筋に息がかかった。
「発作は治まったか?」
尋ねられ、加納は肩を揺らした。
「台所で薬を見つけた」
舌打ちをしたい衝動にかられる。
「市販の薬よりも病院へ行けばいいのに。それに、あれじゃあ体に悪い」
「どういうことだ?」
引きつってしまったことに、加納は自分自身をなじった。
一村はしばらくどこかへと行き、また傍に寄ってくると、加納の手に長方形の物体を載せた。
一つ、二つ、三つ。
箱を載せるたびに、一村が薬剤の商品名を口にする。
汗が噴出し、窒息しそうなほど喉が締めつけられる。
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