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「少し考えさせてくれ。俺は風呂を貰うから、お前は食事を。気分がよければ、その後、話をしよう。くれぐれも薬を飲まないでくれよ」
一村から軽く頭を撫でられる。
浴室は台所の前にあり、リビングの壁を越えたすぐ隣だった。
鉄筋コンクリートだが、生活音は筒抜けであるこの部屋では、プライバシーは望めない。
電気が灯り、シャワーが流される。
深夜の入浴は極力控えなければいけないが、今日は勘弁してもらおう。
一村が完全に浴室に入ったのを見計らって、加納はネクタイの結び目を解いた。
光に目が眩む。
机には皿に盛られたお粥と、熱いお茶があった。
加納はスプーンで形の崩れた米を口に運び、時間をかけて平らげた。
浴室で、時々、水が跳ねる。
加納は皿を洗って布巾で拭いた。
歯を磨きたかったが、風呂場と一体になっているため、断念した。
踵を返そうとして一村に呼び止められた。
「すまない。タオルをくれないか?」
加納は素直に従った。
一村は浴室のドアをわずかに開け、手を出してきた。
加納は初めて見た、一村の形に瞬いた。
色白で、指は長い。
爪もきっちりと切りそろえられていた。
擦りガラスには、一村の体に沿って影ができている。
痩せ型の男だ。
身長はそれほど低くはない。
だが、176センチの加納よりは少々劣った。
「加納、風邪を引いてしまう」
急かされて一村にタオルを渡した。
一村は礼をいうと湯船へと体を沈ませ、小さく笑った。
「俺の顔が気になるのか?」
「そりゃあね」
「しょっちゅう会っているのに、本当にわからないんだな」
それはからかいだったが、加納は無邪気になれなかった。
彼がここまで知り合いだと主張するのは、やはりそれが真実だからなのかもしれない。 だが、加納は心当たりすらなかった。
それに目隠しの件がある。
一村を本当に知っているのならば、目隠しをする必要性はないのではないか。
彼と面識があるか否かは、五分五分の確率だった。
「悪かったな。わからなくて」
加納はベッドに戻った。
頭の上でシャワーの音が流れ続けた。
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