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 一村の拘束が萎えたが、加納にはそれを押しのける気力がなかった。 「馬鹿だな、加納は」  ベッドが浮いたかと思うと電気が消された。  頭を持ち上げられ、ネクタイを投げ捨てられる。  濡れたそこに風が入り、ひんやりと冷たかった。  頬を拭かれ、親指で目尻をなぞられる。  闇の中に一村の輪郭を見た。  彼は上布団を捲り、加納を引き連れて潜り込んだ。  真横から抱きしめられて、鼻が男の胸元にくっつく。  一村の顎が頭部にのせられた。  背中を労わられ、加納は相手の腕に爪をたてた。 「いつからだ、頭痛」  尋ねられても話せる状態ではなかった。  一村は知ってか知らずか、指で示すようにいった。  加納は震えながら人差し指を立てた。  一村が手で数字を読み取り、一ヶ月か、と訊いてくる。  加納は頷いた。 「辛かったろう?」  水面に落ちた滴が波紋を広げていくように、一村の声は加納の奥の奥を潤した。  都合の良いように扱われているのに、納まっていた涙が溢れ、嗚咽が漏れる。  一村の抱擁が強まり、加納は声を上げて泣いた。  彼はひたすら背中を擦ってくれた。  誰かに聞いて欲しかった。  わからないといわれるのではなく、誰かに受け止めて欲しかった。  ただ、それだけでよかったのだ。  そうだ。  病院へ行ったのも、医師に聞いて欲しかったからだ。  多くの症例を見てきた彼らなら、自分の苦痛に首を縦に振ってくれるかもしれない。  知り合いや家族にも話せないことをいえるかもしれない。  期待していたんだ。
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