プロローグ

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 父が家に寄り付かなくなって、12年。  母は佐藤だけを生き甲斐としていた。  あなたはお父さんみたいになってはいけないのよ。  彼女はそう言いながら、父にそっくりな佐藤を見つめてくる。  その視線が母親以上のものであることに気づいたのは、高校時代。  卒業と共に我慢の糸が切れたのだ。  友人の手元で何度も消しゴムがかけられ、カチカチとシャーシンが先端へと送られる音がする。  必死なのだ。  一文字書くのに勉強以上の労力がいる。  他人と関わるというのは、そういうことなのだ。  必死じゃないと、人は離れていく。 「誰に書いているんだ?」  何度目かになる質問をぶつけてみる。  宏はシャーペンをぐるっと回した。 「別に」  佐藤は缶を傾け、適当な相槌を打つに徹した。  本当は知っている。  宏が懸命に書いた手紙の行き先を。  小学校からの腐れ縁が切れない男。  常に自分は他者とは違うと思っている、分からず屋。
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