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 東京へ出てきて三年と五ヶ月、就職活動の最中、霧にも似た拡散物が体内に竦んでいくのを、加納が知ったのは大学四年目の春だった。  加納は、すがりつくように病院へ向かった。  最後の要だと思っていた。  しかし、三千円近く金をとられて手に入ったものは、頭痛薬と原因不明という言葉。  その時、加納は社会から完全に見放されたような気がした。  職に就けるかどうかは運しだいであると笑われようが、医者だって万能じゃないと呆れられようが、少なくとも、加納篤(かのう あつし)にはそう断言できるほどの圧迫感と絶望感を、医師は植えつけたのだ。  処方された頭痛薬は一週間で切れてしまった。  加納は補充しようとドラッグストアーへ通った。  販売されている全種類の頭痛薬を購入すると店員が眉を歪めたが、結局最後まで何もいわなかった。  購入した薬剤は、一ヶ月で使い切った。  どうせ自分一人の体だ。  加納はそれぞれの薬を別々に飲んで、血液に溶けていく効能を試し、また、薬剤を同時に喉に通して湧き上がってくる疲労感を楽しんだ。  壊れていく感覚だけが救いだった。
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